亀山社中焼肉市場の新着情報

亀山社中と坂本龍馬の深い関係について

素朴な疑問として、「亀山社中ってなに?」と思う人も多いかと思います。焼肉とリンクしていないような。しかしこれには、深いワケがあるのです。あの有名な幕末の志士・坂本龍馬の思いを肉とタレに込めているのです。

ブランド名に込められた焼肉へのオマージュ

亀山社中は、土佐藩の坂本龍馬が長崎で開いた貿易結社のことです。薩摩藩に資金の協力をしてもらい、さまざまな物資を船で運び、航海訓練もしていました。そんな経緯もあって、のちの海援隊の前身になりました。亀山は長崎の地名で、社中は結社などの意味です。歴史に詳しくない人でも知っている坂本龍馬は、幕末の混乱期に非常に高い志と先見性を持って倒幕運動を展開し、日本の未来を見据えていました。

土佐藩の坂本龍馬は、倒幕に向けて重要視したのが共闘態勢です。薩摩藩と長州藩は、対立しており、犠牲者が出たこともありました。このため、薩摩藩の西郷隆盛、長州藩の桂小五郎との仲を仲介し、倒幕へ向けて一枚岩になりました。焼肉にも同じことが言えます。タレと肉がけんかしては、おいしさを提供できません。停滞はやがて衰退につながります。常に先を見据える味の追求を目指し、亀山社中をブランド名にしました。

わが焼肉の原点!亀山社中記念館のある長崎市

日本初の商社とも言われる亀山社中は、長崎市にある「亀山社中記念館」に姿を変えています。当時の亀山社中跡として考えられる地で、長崎市が修復や維持・管理をしており、2009年8月1日から一般公開しています。同所には亀山社中跡の石碑も建っています。ここで、坂本龍馬ら幕末の志士たちが日本の未来を語っていたのでしょうか。薩長同盟の倒幕へ向けた熱き意気込みを感じます。

長崎にはこのほか、坂本龍馬に関する名称があります。「龍馬通り」は同市の寺町~風頭町を抜ける石段交じりの坂道です。幕末の志士たちが、足早に抜けていたと思うと、感慨深く思います。「龍馬像」は長崎港を見下ろす風頭公園にあります。1989年5月21日に長崎市在住の彫刻家・山崎和國氏によって建立されました。周囲には坂本龍馬ゆかりの名所が点在しています。以下に長崎市の坂本龍馬にゆかりのある名所を挙げました。

・亀山社中記念館(伊良林2-7-24)

・坂本龍馬之像(伊良林3丁目=風頭公園内)

・龍馬通り(寺町~風頭町=深崇寺と禅林寺の入り口)

・龍馬のぶーつ像(伊良林=亀山社中記念館前)

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